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9月, 2018の投稿を表示しています

三国駅

今日以下のニュースが流れてきました。
1時間に57分間も 「開かずの踏切」廃止へ 大阪 東淀川駅付近

地元にあったものがなくなっていくのは寂しいですが、安全と利便性を考えると、変わっていくのは仕方ないかなと思います。

さて、地元の駅の一つが開かずの踏切で有名ならば、
もう一つ有名どころの駅が”三国駅”。

シンガーソングライターのaikoがこの駅とその周辺をモチーフにした曲として、
まんま”三国駅”という曲がある。
(調べてみるとwikipediaに記事がありました:三国駅 (aikoの曲)

歌詞に出てくるボーリング場とか、「あの場所だよな~」とか思いながら、聴くことが出来て個人的には面白いです。

三国駅のあの辺りに少しでもご縁がある方に聴いていただけたらなというお話でした。
(youtubeにショートバージョンがあったのでよろしければ:https://www.youtube.com/watch?v=fdP9DqRT9i8

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入口は小さな目標のほうが良いには賛成するけど勘違いしてはいけない

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おととい、夜の日課として筋トレしてランニングしてました。
その最中に目標設定の仕方を考えてて、ふと思ったのが、


ということです。
1年以上のトレーニングを習慣化できた体験から考えを書いてみることにします。

まず私の考えとして、継続が必要となる成果への目標設定の入口は、
目標そのものを低くしておくべきだということです。
これはまず行動に移すのが大事だと思っているので、この最初の行動を阻害しないために、低くするべきだと考えています。
(その辺りは、小さな習慣などの本から影響を受けています。)

逆に短期決戦型の目標には入口の目標低くは向いていないと思っています。
継続なんて言っている場合ではないからです。

ただ私が思うに、先に述べた低い目標、小さな目標の設定の仕方について、間違いが多いような気がしています。
例えばですが、ある社会人の方が、まだ全然練習していないけれど1年後に100m走を15秒で走れるようになりたい。
今はだいたい30秒くらいだとしたら、小さい目標をどう設定するべきと考えるか、です。
小さいっていうくらいだから、「まずは29秒目指すか」ってなるような気もするのですが、私はこの設定は懐疑的です。

まず考えるべきは練習を継続できるか、です。
走ることそのものを継続できないか限りは、数値の目標は夢のまた夢です。
練習の継続が身についてから初めてフォームの研究など他に目を向ければいいと思います。
一日いくら走るという目標を立てる、そしてその時に小さな目標として、まずは無理なく走れる目標にするというのが、入口の小さな目標の大事な点だと私は思います。

なので上の例でいくと、「毎日最低100m1本だけ走る」とか「必ず練習用の服にだけは着替える」とか、むしろそれくらいできないとヤバいくらいのレベルで小さな目標設定していくのが、いいのではないかなと思います。

よくビジネスで言われる言葉でいうなら、アクションプランを立てましょうという話になるかもしれません。
100mのタイムは成果目標、アクションプランは行動目標と言った感じでしょうか。

まずは小さなところから始め大きく育てていきましょう。
そのためには良いスタートダッシュを切るということを、実践していこうと思います。

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栄養の桶理論と組織のセキュリティの共通点

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桶の理論ってご存知でしょうか?
中学校か高校の家庭科で習ったと記憶しているんですが、
タンパク質を体に吸収するときの理論です。
数種あるアミノ酸の内、1個だけ30g取得して、他100g取得しても、
全部30gしか吸収できず、あふれた70gは全く吸収できないという理論です。(下画像参照)
出典:アミノ酸の「桶の理論」
昨日社内でセキュリティの勉強会があったのですが、
ふと組織のセキュリティも同じだなと思いました。
セキュリティは100人組織の99人が100点満点のセキュリティレベルを持っていても、
1人が30点しかないと、組織としては30点レベルしかないも同然です。
上の図のようにその一角から全部漏れ出てしまうからです。

セキュリティはいわゆる防御です。
防御というのはどこか一点が脆いとそこを突かれてしまいます。
それゆえ防御は大変で、大事になってきます。例え直接生産に関わる部分が少ないとしても。

戦国時代の国の防衛も同じだと思います。
防御を強くしても領土は増えませんが、そこを怠っているとあっという間に、領土が減り、滅ぼされてしまいます。
自分たちの領土を守るために、防御=セキュリティを大事にしたいものです。

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下手だと添えることが結構デメリットだと思った話

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SNSに限らずネット上にはたくさんの作品があふれています。
写真・絵・イラスト・小説・ブログ・記事etc...
文章系のものから、視覚に直接訴えかけるようなものまで様々です。

そのときに「下手ですが・・・」とかそれに似た言葉をつけて公開されている方を時々みかけるのですが、それを見た途端に違和感を感じるようになってきたんですよね。

何でかなと考えていたら、私が思うには「いいね」って言いづらいなと感じていたからだとわかりました。
下手って言っている人に、「そうだね」と言えばいいのか、
「いや上手いよ」と返すべきなのか、どちらがベストなのか。
肯定するのも気が引けるし、否定するのはエネルギー使うし。
親しければそういった距離感もわかるんでしょうけど、
そんなもの気にせず直感的にいいと思ったのはいいと言いたい。

もちろん構ってほしくて、あえて下手って言っている人がいないわけではないとは思います。
しかし、ネット上の文章だけで判断するのは至難の業なので、そこを悩むくらいなら、その投稿ごとスルーしてしまおうと判断してしまいます。
あとは防衛線でしょうか?こう言っておけば、あとから言われても傷つかないみたいな。
間違っているとも思いませんし、批判からの防衛と言われれば止めることもしたいとは思わないのですが、ただ褒めようとする人の防御にもなっているかもしれないという可能性は頭に入れておいてもいいかと思います。

だから構ってほしいからって思うのであれば、「コメントください」くらいでいいんじゃないですかね。
アドバイス欲しいとかいいねがほしいとかじゃなくて、純粋にコメントほしいなっていう感じで。
コメントからやり取りがあって何かに発展したら面白いと思うんですけどね。

結論としては、自分や自分の作品を下に見るのは自由だけど、
発信するときはあんまり得策ではないんじゃないかなって思います。
ポジティブな感じでやれとは思いませんが、
負のオーラまとっている人には近づかないのは、ネットでも現実でも同じかなというのが結論でした。
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投稿100個目から振り返ってみた

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いつもご覧いただきありがとうございます。
ブログ初投稿からこの投稿で100個目になります。
いやはやよくも続いたなと自分では思います。
見ていただいて本当にありがとうございます。

一つの目的はあれど統一したテーマもなく、
好き勝手にいろんなことを書いては、
仕事のことやシステムのことについてもっと書いた方がいいのかと思う日々でしたが、
楽しみながら続けることができたのは一つの成果なのではと思います。

せっかくの100投稿目なので、ブログ初めてから今までで感じたことでも記していこうかと思います。

ネットでいろいろと発信していると、能力と成果は比例しないんだなとふと思ったりもします。
こういうブログの文章にしろ、写真とかにしろ、
あ、この人すごいなと一発でわかるのがあると思うのですが、
いいね数とか閲覧数とか見たときに私より下だったりすると、
なんとも言えない気持ちになります。
そんなときに応援の意味合いも込めたりしながらいいねしたりシェアしたりするわけですが。

人って承認してほしいのかなと思いますし、何より私自身がこういった発信を通じて、
承認欲求強いなと感じました。
見てくれると嬉しいし、見られないとへこむみたいな。
だからこそ好きは伝える、応援は届けるという風にあってほしいなと思っています。

関係する話かはわかりませんが、こんな話だってあります。
ある売れないアイドルの人が引退宣言をしたら、
「才能があるのだからもっと続けるべき」とか「ファンだったのに」とか言われ、
「もっと早くに言ってほしかった」と返す。
そうすれば引退しなかったのにというお話。
私が遭遇した話でもないので詳細はよくわかりませんが、こんな状態は見たくないです。

私自身の話で言うと、絵をずっと投稿している方にいいですねと言い続けたら、
いつも応援ありがとうございます、って絵描いてくださったこともあって、感動しました。
なので言ったところでメリットあってもデメリットないと思いますし、言われた方は活動の原動力になるしで、Win-Winだと思います。
このブログでだってそんなものを生み出せたらいいなって思います。

他に心境の変化としては正直そんなになかったのではないかと思います。
書くの大変だなとか毎日更新するの大変だなとか思うことはありましたけど、
じゃあ何か変わったかといわれると自分ではよくわかっ…

根拠や理由なんてものがなくても生きる世界でありたいと思う

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私は本、特に小説を読むのが好きだ。
理由は後付けしていけばいろいろあるし、語ることもできるけれど、
突き詰めれば、読んでいてわくわくすることが多いからということになる気がする。

かといって流行りの本をそんなに知っているわけでもないし、
最新情報をいちいちチェックしたりはしません。


ちょっと話は逸れますが、好きというのに
最近見た話だと、こんな話。
「陶器が好き?自分で焼いたりすんの?と彼は言った。」
「いや全然」
「ブランド集めたりすんの?アウガルテンとか、カルパネリとか。」
「いや全く。ブランドは殆ど、知らん。陶磁器の知識とか、殆どない。ただ綺麗な陶器を探したり見るのが好きなんだ。」
「いや、好きっていうならもうちょっと詳しくなるもんなんじゃないの。それは別に好きって程のもんじゃないんじゃないの」

好きなら知識も勝手に拾おうとするし、行動するから技術もついてくる、みたいな感じでしょうか?

そんな人に向けて言った次の言葉を私は大切にしたいなと思っています。
「好きを理由に知識や技術が広がるものもあれば、在るだけで居るだけで幸せな好きもある。」

自分の話に戻します。
小説に関しては、気が向いたときに本屋に行き図書館に行き、ちょっといいなと思ったのを手にとってくらいなので、最新情報とかは全く見ません。

でも本を読むのは大好きですし、他の人のおススメの本を知りたいし読みたい。

別に知識なんてなくたって技術なんてなくたって、そこからつながっていく、
人から人へつながっていく世界であってほしいなと強く思います。

なんかわからないけど好きなこと、
なんかわからないけどやりたいと思ってしまったこと。
別に形になる必要がなくたって、何か没頭できる世界があって、そこに人が集まって、
やっていくうちにそれらの一つが運よく世間で言われる成功と呼ばれるものにでもなればいいのではないかなと思っています。
そしてそんな世界を創りたいなとも思っています。

没頭に人と運が結びつき共鳴するビジョンの実現に向けて、頑張っていけたらなと思います。
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自利利他って自利が先なんですよね

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自利利他という言葉を聞いてふと思ったことを記そうと思います。

まず前提として、「自利利他」とは、仏教用語で、
自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと。
この二つを同時に行うこと。また自らの努力により得たものを他人にも還元する、他人の為に動くことで自分も成長し何かしらのものを得ることです。
という意味です。(出典:https://hasunoha.jp/questions/12873

難しく書かれている気がしますが、
「自分ハッピー他人ハッピー」くらいにとらえればいいかなと個人的に思っています。
最近だと「Win-Winの関係」なんてことが言われたりしますが、近い意味なのかもしれません。

さて今まではこの言葉を聞いても、特段思う所なかったのですが、
今回はちょっと思う所がありました。
タイトルにもある通り、自利利他って自利が先なんですよね。

何でこんなこと思ったかと言うと最近ある方から、論語と算盤の話をいただきました。
日本資本主義の父とも言われた渋沢栄一の著書です。
その方が言うには、論語と算盤は論語という単語が先にきていると。
語順にも意味があって、論語が先にあって算盤がそこに肉付けされていくと。
意味わかりづらいですが、語順にも意味付けがあるということです。

その上で自利利他という言葉を見ると、自利が先だなとふと思ったわけです。
意味のところにも書いていますが、「自らの努力により得たものを他人にも還元する」とあるように、
まず先に自分が得る、自分が幸せになってから、他人にそれを与えると考えるのが正しいのかなとふと思った次第です。
周りの人のためにお客様のためにというのがどこまで正しいかは私の論ずるところではありませんが、
自利利他という言葉を使われるなら、(他の言葉でも同様だと思いますが)
改めて意味や成り立ちを考えてみてもいいかと思います。


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週末何してますか?

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今回は毒にも薬にもならない投稿です。
さて週末皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?

私は、
トレーニングし、
図書館で本をあさり、
動画サイトで動画を閲覧し、
SNSサイトでいろんな人と交流し、
まだ聴けていなかったCDで音楽を聴き、
亀の歩みのスマホやパソコンのゲームを進めていました。

新宿にあるカレーうどん専門店の千吉にも行きました。おススメです。
五感で味わうカレーうどん|カレーうどん専門店 千吉(せんきち)


「休みの日何してた?」って聞かれたとき、皆さんって何て答えるんでしょう?
何か一つのことに集中してやっていれば、答えやすいのでしょうけど、
この3日上に書いたことを、行ったり来たりしてたので、
何かやってたと言われたら、いろいろやってたと答えるしかないところです。
(家にひきこもってたとは答えられるんですけどね)

 さてリフレッシュも済みましたし、また今週も頑張るとしましょうか!

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【読書日記】人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

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題名:人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている
著者:ふろむだ
【概略】 実力を磨くよりも、はるかに人生を好転させる 「錯覚資産」とは何か? 誰もが一度は思う 「なんであんな奴が評価されるんだ! ?」の謎を解き、 「誰にでも使えるズルい武器」として解説する異色作。 本書を読み終えた後には、誰もが 人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている というタイトルに納得しながらも、 そうした世界でどう生きるべきかを考え込んでしまうはずだ。 錯覚資産を利用して活躍しようというのが趣旨になる本です。
こちらの方の記事がかなり詳しく書いています。(「人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決っている」は恐らく世界初の応用行動経済学本である

ちょっとかみ砕いて書くと、容姿の良い人の方が採用されているが、採用した人は容姿で採用したと思っていない。
容姿の良い人が優秀だと誤解するのである。
直感はイメージを抱くというより、直感そのものが書き換わるという風に締めくくられています。
リンク先と同じことを書いても仕方ないので、自分の中で印象に残ったことを書いていこうと思います。  「失敗は成功の母」というが、成功のほうがはるかに成功の母 成功すれば、いい環境が手に入りさらに成長するし、チャンスも回数与えられるので、成功する確率があがってくるとのことで、確かにその通りだなと思いました。

別の話ではあるけれど、昨日受けた研修で、成功の要因は「才能1割、努力2割、運7割」と登壇された方が仰っていました。
本書でも同じで、成功するかは運にかかわってくるので、回数をこなす必要があると。
ただ回数をこなすチャンスをどこまで与えられるかというのは成功、もっと言えば目標達成した人の方がチャンスを与えられる場合が多いかもしれない。
 数字は錯覚資産を生みやすい 筋トレを1年365日続いているというと、その人は継続ができそうな気がする。
社会人になってから1年に1回のペースで資格取っていたら、勉強するのが得意そうな気がする。
半年でフォロワー0から500人に増やしたら、SNSに造詣が深いと思う、
と人は勘違いしやすい。

能力があっても次に成功するかとは相関があっても、それは成功確率を上げるものであって、成功を保証するものでもない。
ただ次も成功しそう・・・と錯覚するため、人…

「敵は自分だ」の意味はわかるが意図がわからない

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タイトルで全て完結していますが。

意味はわかります。
周りと比較せず過去の自分を超える、自身の怠けたい気持ちや現状維持をしようとする気持ちを乗り越え、さらに成長するために、と言ったところになるのでしょうか?
(私の解釈ですので、違う意見をお持ちの方には申し訳ないです)

意味はわかるのですが、「敵は自分だ」と宣言する意図がわからないと感じています。

私の考えの前提として、自分は世界で一番の味方だと思ってます。
ないと思いたいですけど、世界で誰一人他に仲間や味方がいなくなっても、
自分だけは自分の味方でありたいと思ってます。
そんなときにも自分も敵だと思うのってつらくないですか?

本当に味方だから、自分に厳しくもできるし、発破もかける。
成長を喜べるし、成果を祝うこともする。
失敗だって真摯に向き合えると思ってます。

自分を無条件に甘やかすとか、怠けるとか、それを矯正するのに、自分が敵である必要ないと思ってます。
自分の判断や決断でよくない状況になることもあるでしょうが、過去の自分の判断も信じてあげられるのも味方だからではないですか?

言葉は言霊。自分が敵だと宣言していると言霊となる。
どんなに深い意味があっても、「敵は自分だ」という一文は、それだけで完結し言葉です。
それならば言い聞かせる感じでもいいから、自分は味方だと言い、共に頑張ろうと言い、目指す世界を創ろうと、言い続けたほうが私はいいと思っています。

今回言いたいのはそんな感じです。
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大型船で一気に行くか?小型船でいろいろ寄りながら行くか?

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前回の続きです。(システムの設計図は安全に航海するための海図と同じという話

前回はシステムの仕様書とは建物の設計図であり、海を安全に航海するための海図と同じだということを書きました。
だから仕様書は細かいくらいにきっちり書こうとしますし、
抜け漏れがあったということは、危険な海流や海域が把握できないということなので、
きちんと書きましょうね、というお話です。

今回はその続きで、スモールスタートが叫ばれるのはなぜか。について、
海図や航海を例にお話しできればと思います。
スモールスタートというのは、基本的な部分、コアな部分だけシステムを作ってしまい、
お客様の声を取り入れながら、システムを大きくしていく開発形態のことです。

ちょっとある場面を想像してみてほしいのですが。
あなたは10Km先の島に向かって船を出そうとしています。
ルートは2つ。
1つは小型船で1Kmずつ小島に寄って一休みしながら進むルート。
もう1つは、大型船で一気に10Km先まで進むルート。
さてあなたはどちらを選びますか?

どちらが間違いというわけではありませんが、
スモールスタートというのは、前者の島に寄りながら進むみたいなものだと思ってください。

前回の投稿で設計に誤りがある=海図に記しているべき海流が漏れているという話をしましたが、仮にこういうことが起きて、船が傷ついても小島に寄ることで船の修理ができたり、軌道の修正が楽になったりします。
またとりあえずは次の小島につくまでの、燃料や材料さえあればいいので、小回りもききやすくなります。
そして最大のメリットとして、小島に寄ったことで、その島で貴重な資源などが手に入ることがあります。
これは実際のシステムでいうとお客様の声です。
また特に技術革新が速い現代では、1つの島から島へ渡っている間に画期的な技術が生まれている可能性があります。
お客様の声と技術革新の取り込みによって、最後目指す場所を変更したり、もっと早く着けるようになったりということができるようになります。

この辺りがスモールスタートや付随してアジャイル開発と呼ばれるものが人気の理由かなと思います。

一気に目的地に行く方法が悪いわけではありません。
上に書いたようなメリットがない代わりに、目的地まで最短距離で進むことができるので、
時間がかからず、どこまで進んでいるかの進捗把握も容易…

システムの設計図は安全に航海するための海図と同じという話

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ネットでプログラムのことを調べていると、「仕様書とは海図のようなもので・・・」という文章に出くわしました。
このことについて思ったことがあるので書いてみることにします。

今回書きたいことは以下の2つです。
1つは、仕様変えようとしたら、開発側からそんなに時間や金がかかるはずないだろという提案がくるのはなぜか。
2つは、スモールスタートが叫ばれるのはなぜか。(これは次回書きます)

まず前提として、仕様書とはシステムの設計図のことです。
建物を建てる際にも設計図を元に職人の方々が建物を実際に作るように、
システムもまずは仕様書を作り、そこからシステムをプログラマーと呼ばれる方々が作ります。
システム製作者はこの仕様書と言われる海図を元に、目的地(=完成品)を目指して船をこぎだすわけです。

以前こんな記事をFacebookで紹介しました。
システム技術者が「ちょっと変えるだけでしょ?」という、ユーザーからの注文に辟易する理由。
「ちょっと変えるだけでしょ?」という言葉は一種の呪いの言葉、パワーワード・キルのようなものでして、ユーザー側と開発側の断絶を表す、一つの端的な象徴だと言っていいと思います。 要件的には、確かに「ちょっと変えるだけ」なんです。 ・webページの文字のレイアウトを「ちょっと変えたい」 ・帳票に表示されている文言を「ちょっと変えたい」 ・レポートの一つの項目の数式を「ちょっと変えたい」 (中略) 「Excelだったら5秒じゃん」という言葉も、私実際に、この耳で聞いたことがあります。 ただ、システム開発をする側から見ると、「ちょっと変えるだけでしょ?」という言葉には多種多様な罠が含まれているんです。 細かくはリンク先を見ていただければありがたいのですが、
ちょっとした仕様変更のように見えても、内実そうなっていない状態が多いというところです。
仕様書は設計図でもあるので、家を建ててから設計図ちょっと変えたいんですけど、というのが難しいように、仕様をちょっと変えるのもなかなか厳しいときもあるのである。

海図に例えるとすれば、ちょっと変えるというのは、
危険な海流の記載漏れがありました、といっているようなものではないかなと思います。
仕様変更、つまり見落としに気づいたらどうするか?
まずはそのまま進んで大丈夫か考え、だめなら安全な別のルートを探し、
新しいルート…

【読書日記】運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器

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題名:運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器
著者:角田陽一郎
概略 明石家さんまさん、キングコング西野さん、堀江貴文さんなどなど。 バラエティプロデューサーとして「運がつきまくっている」人たちを長年にわたり見てきた著者が出した結論! それが“「開運」の仕組みは論理的に説明できる”です。 本書はスピリチュアルな精神論やオカルトの類いとは距離を置く、いわば「開運の実学」を記した「運の技術」の本。 実用書、テクニック集です。 運の話で有名と言えば、松下幸之助が面接で運が悪いと答えた人はどんなに学歴や面接がよくても不採用、という話が有名でしょうか。
 「誰も勧めていないんだけど、自分的にはすごくいい!」を見つけた人が、実は一番運がいい 私は大学生のときから図書館にときどき行って、本を借りてきます。
図書館の楽しみの一つが、「世間的には無名っぽいけど、自分の中では100点の本を見つけたとき」です。
公立の図書館に行くと、有名どころの本も多少はありますが、
ジャンル問わず、年代問わず、人気があっても平積みもされないので、
いろんな種類の本を見ることが出来ます。
その中から自分だけがこの良さを知っているみたいな本に出会えると、かなり嬉しいです。
本屋だと売れない本を置くわけにはいかないと思っているのですが、
図書館だと普通に探すだけだと見つからないだろうなと思うものまで見つかるときがあるので、
宝探しみたいで楽しいです。
 心がけるべきは「手持ちの絵具が12色しかないけど、どうやって表現豊かな絵を描けるか」を考え抜くこと 手持ちの材料、少ない材料でいかに成功に導くか、想像力・創造力を働かせられるかを改めて考えさせられました。
本書の中では、1万色の絵具を用意して、プロの方に好きな絵を描いてくださいと頼む創造力のない人が実際にいたとのこと。
確かに派手だけど、そもそも用意すること自体が現実的ではなく、嘘つきになってしまうと。(1色作るのが1,000円だとしても相当額のお金がかかり企画自体がとん挫する)

「常に手持ちの材料で前に進む癖をつけよ」というのを昔教えていただいて、それをずっと心に刻んでいます。
万全の状態で物事がやってくることなんてないので、いかに手持ちの材料で前に進むか。
ないものねだりをせずに行動していけたらなと改めて思います。
 まとめ 運がどう絡むか…

何かリアクションしてあげてほしいというお願い

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小説や漫画の最後のあとがきなどに、
「本を読んでいる人の支えがあって、ここまでこれました」みたいな文を目にすることがあると思います。
読者の声やリアクションがどこまで、モチベーションに直結するかというのが以前はわからなかったのですが、今だと少しわかる気がします。
ブログやFacebook、または他の媒体でも発信をいろいろとしていると、
いいねでもコメントでも直接声かけていただくでもいいのですが、
そういうのがあるのとないのでは、全然違います。

先週の火曜日から金曜日まで4日連続でブログのビュー数が0だったので、
完全に見に来る人いなくなってしまったかなと思っていました。

ところが今週、
「こんなこと書いてましたね」とか「面白いこと書いているね」と声かけていただきました。
少しへこんでいたので、ありがたい限りでした。
本当はモチベーションとかに関係なく一定の行動も成果も出せればいいのでしょうけど、
そこはまだ難しいみたいです。

Facebookの投稿もなかなか悩みが尽きないですね。
最近はいいねが1つでももらえたら良いほうでしょうか?
投稿している目的の達成については、ちょっと別の手段を考案中です。
他の人に良い影響を与えて初めて価値になりますが、そもそも目に触れなければ意味ないというのが私の考えなので。

Facebookで発信を始めた3月上旬と同時期に開始した他のSNSサービスは
投稿したらいいね数100超えることの方が多いんですけどね...。
さっき見たら70投稿くらい連続で超えていて、ありがたくてちょっと泣きそうです。

ブログでこそ出来るようにならないといけないとは思いつつも、
なかなか思うようにいかないですね。


まあ言いたかったのはリアクションいただけるのは、
モチベーションになることはあっても、モチベーションが下がるようなことはありません。
よっぽど変なコメントとかつけば別ですが。

だからちょっとでもいいと思ったり、少しでも好きなものがあったら、
何かリアクションしてあげてほしいなって思います。

それだけで全然心持ちが変わります。

今回書きたいのはそんなところです。

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お客様満足と清潔

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会社のビルのトイレの台拭き用のタオルが曜日によって、色が変わるようになりました。
これを聞いたとき、ある海外のホテルの話を思い出しました。

そのホテルはエレベーターホールのカーペットを毎日取り換えていて、
その証拠として、カーペットの色が違うのと、
カーペットの表部分に今日の曜日が書かれていました。

曜日をお知らせする機能と、
毎日清潔にしていますよ、ということを宣伝するためのものみたいですね。

会社ビルのタオルも、本当に清潔なのかという声があったから対応しました、ということみたいなので、同じだなあと思いました。

こういう細かい声を聴いていくのがお客様満足につながっていくのかもしれませんね。

MAP経営に所属する私も、企業文化の3S(掃除・さん付け・(一人)三役)の掃除に恥じないよう行動していく必要があります。

こんな話もあります。
吉田茂はなぜ、一流ホテルの洗面台を 自分で拭いたのか?
一流ホテルが一流である証は、従業員の手によって、トイレがいつもきれいであることではありませんよ。 手を洗ったあとに、洗面台を自分で拭くのが当たり前だと思うお客様が常連であることが、本当の一流ホテルの証なのではないでしょうか 一流が一流を呼ぶように、満足が満足を呼ぶ、そんな行動を心がけていきたいと思います。



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お世話になる全てに感謝を

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社会人になって7年目の年になりました。
先日、会社内で一番挨拶の声が大きい人と先輩に言っていただいたのが、とても嬉しかったです。
社会人として一つ目指していた姿になっている証だったので。

大したこともなく自分に自信も持てないまま学生時代はずっと過ごしていたので、
挨拶はそれなりに気を付けるようにしていたと思います。


小学生時代ソフトボール部に所属していたが、全然活躍できずずっと補欠でした。
誰もいないようなグラウンドに頭を下げて挨拶する選手の姿を
野球部などで時々見かけることがあると思うのですが、私はあれが好きでした。

「これからグラウンドを使います。用具を使います。よろしくお願いいたします。」
って言っているみたいで。
これ自体は私の勝手な妄想ですが、職場に入るときの挨拶はこれを思い浮かべるようにしています。

人に向かってだけだと足りない。
空間に向かってだけでも足りない。

人に向かって挨拶する、モノに向かって挨拶する、場所に向かって挨拶する、
今からお世話になる全てに挨拶するということを挨拶の一言に込めていこうと思います。
私の行動指針「全てのモノ(者・物・物事)に感謝を」の達成に向けて!

皆様今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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継続できるのは100万人に1人

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昔、とあるセミナーの講師の方に質問した人がいました。
「そんなにノウハウを包み隠さず公開しても大丈夫なのですか?他の人がマネしたらとは考えないのでしょうか?」
そうすると講師の方が答えました。
「何も問題ありません。仮にセミナーの出席者が100人いたとして、そもそもきちんと聞いているのは10人しかいません。さらにその中で行動に移す人はたった1人です。だから私のノウハウが広まることはないので、全く問題がないのです。」

フリーで活躍されているある方が言いました。
「実際に行動しようと思う人が1万人いたとして、行動を起こす人は100人いる。そこから1年間続けられる人は1人しかいない。だから皆さん続けるだけで特別な存在になれます。」

これを全然別の場面、年をまたぐほど期間を置いて聞きました。

その中の現時点での私の結論は、
「一つの知識や情報に触れる人が100万人いるとすると、
 その知識や情報を使って行動しようと思う人は1万人いて、
 その中から実際に行動する人は100人いて、
 それが1年続けられる人は1人しかいない。」
つまり継続できる人は100万人に1人しかいないのではないかということです。

その上でやっていくべきことは1段階ずつ超えていくことだと思う。

自己啓発でもセミナーでもなんでもいいけれど、何か役に立ちそうなことが聞けたら
まずは行動しようと決意しよう。
人に宣言してもいいし、紙に書いて家の壁に貼ってみるのもいいと思う。
目標も必要であれば設定するべきである。
それでまずは100人に1人の人になれる。

次に実際に行動しよう。
0の実績を1の実績にしよう。
ホリエモンも言っているではないか。
「スタートラインはゼロ。ひとつずつ足し算していくしかない」と。
行動してしまえば1万人に1人の人になっている。

あとは継続するだけだ。
1年継続するだけで、なんと100万人に1人の人である。
といっても継続は難しい。
個人的なコツとしては、何回か書いたこともあるが、
徹底的にハードルを下げることにあると個人的には考えている。
その目的は継続を楽しむことにある。
続けることが楽しいと感じてしまえばこっちのものである。
(参考1:本を読むことって本当に必要なのだろうか?(続き1)
(参考2:【読書日記】小さな習慣

月に10冊の本を読んでしんどくて挫折してしまうより、
月…

【読書日記】小さな習慣

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私の一言:毎日目標達成しよう!

題名:小さな習慣
著者:スティーヴン・ガイズ (著), 田口 未和 (翻訳)
概略 【小さな習慣とは、毎日これだけはやると決めて必ず実行する、本当にちょっとしたポジティブな行動。この方法を使えば、すべてのことは、習慣化し、目標を達成でき、夢を叶え、人生を変えることができる。何しろ「小さ過ぎて失敗しようがない」のですから】
前回の記事で書いた自宅での筋トレを丸1年続けることになったきっかけの本でもあります。
概略に「小さすぎて失敗しない」と書いていますが、私は「毎日目標達成する」と読み替えています。
 毎日目標達成 毎日目標達成するとは、絶対に失敗しない目標を設定する、ということです。
本の中に例としてありますが、毎日腕立て伏せを1回する、という目標を立て、最終的にはジム通いを欠かさなくなるほどになった、という話です。
最初からジムに通い続けると言われるとハードル高いですが、腕立て1回という低いハードルを設定することで、まずやる状態を作りあげます。

目標が低いと成長ないのではと思われるかもしれませんが、
過大な目標で1か月で終わってしまうのと小さな目標でも1年続けるのとどちらがより成長するか。
やらないなら小さな目標からでもやってみるのが最も大事なのはいうまでもありません。

本に書かれていますが、
「小さな習慣は、コンフォートゾーンの境界線のところまで歩いていき、一歩だけ外に出ること」というように、
(※コンフォートゾーンとは安心領域のこと。今いる領域でストレスや不安なく過ごせる環境。)
小さな習慣は、成長するための1歩を踏み出すということなのです。
 自分が習慣化に成功するまで 自分に置き換えると最初の目標はまず毎日2秒トレーニングするということを決めてスタートしました。
最初はだるい日とかもあって続けるのが大変でしたが、2秒だしなと思いながら続け、
それ以上出来る日は5分10分とする日を過ごしました。
そして1か月くらい経つと行動する時の気持ちが変わってくるのを感じました。
「やるかやらないか、よしやるぞ」となっていたのが、
「いつやるか」という風にやることが前提となっていくのを感じました。
「あ、習慣化できたかも」と思えたのもこのタイミングでした。

それからは大丈夫だと思う日は、少し回数増やしたり、
無理だなと思う日は減らしながらも…

祝!365日

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自宅でトレーニングすると決めて実行してから、9/1でちょうど1年365日になりました。

最近、体格変わったとか太ったとか言われることもありますが、
きっと成果出ているはずだと信じて受け止めています。

習慣アプリで日々記録しながら、何とか自分を鼓舞して続けることが出来ました。


個人的には飽き性な上に、そもそも運動とかの体を動かすことが苦手だったので、 始めた時は続けられるか不安でしたけど、よくもまあ自分でもよくできたなと思います。
しかしここまでやって不思議なのが、自分にご褒美で、美味しいもの食べるぞ、とか 欲しかったもの買うぞ、とか全く思わないところでしょうか? 健全なのかもしれませんが。
ちなみに習慣化にあたって、参考にしたのはこの本です。 小さな習慣 スティーヴン・ガイズ  (著), 田口 未和 (翻訳)
本の内容のどこを自分に適応させたかについては、コチラ。
取り敢えずは自分へのお祝いとして、自分におめでとうとありがとうを言って、 締めくくりたいと思います。
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