投稿

わかりやすく表現する技術の勉強会に参加してきました(後編)

イメージ
前編はコチラ
前編では「イラストでわかりやすく表現する技術」というテーマの
エンジニアの勉強会に参加したことを書きました。
学びとして以下のことを書きました
・つまづいたことを感情とセットでメモする
・正確フェーズとまるめるフェーズで答える
・表現する(図解の基本形のイロハ)

そしてもう一つ最後にあるのが発信することです。
ツイッターやブログで発信してみましょうということで、
勉強会内で実際に私が書いてみたイラストを紹介してみます。

ちなみにお題は「べき等性」でしたが、皆さんはご存知ですか?
私はこの時初めて聞きました。
ご存知の方はぼんやりとでも伝わるか、
ご存知ない方は後の答え合わせで伝わったか
見ていただければと思います。

それではどうぞ!
あといらすとやさんのいらすと作って表現するのでもいいよと言われたので、
後日同じのを作り直してみたのがコチラ。

それでは、「べき等性」とは何か。
「ある操作を1回行っても複数回行っても結果が同じであること」(wikipedia

イラストのイメージとしては、ボタン3回押しても全部飴、
というような感じで書きました。

さてどこまで伝わっているものでしょうか?
教えていただいた内容を元に伝え方が、もっとうまくなればと思います。
<< わかりやすく表現する技術の勉強会に参加してきました(前編)

わかりやすく表現する技術の勉強会に参加してきました(前編)

イメージ
「イラストでわかりやすく表現する技術」というテーマの
エンジニアの勉強会に参加してきました。

講師の方は数冊本もだされているフリーランスの
Webデザイナーの湊川あいさん(HPはこちら)で
この勉強会の参加にあたって始めて知りました。
当日本も持ってこられてたので、購入させていただき、
名刺をいただきました。
著者の方から直接買う経験って滅多にないので、
ちょっと得した気分です。

買った本はこちら。
他にもマンガでわかる〇〇シリーズで本を3冊ほど出されています。
すごいなあと思ったのは、こういうマンガでわかるシリーズは
内容を考える人とマンガを書く人別れているそうなのですが、
どちらも一人でできるというところに強みがあるそうです。
技術的なことも色々とお話させていただきました。

本筋の内容についてはこれから取り組んでいこうと思うのですが、
・つまづいたことを感情とセットでメモする
・正確フェーズとまるめるフェーズで答える
・表現する(図解の基本形のイロハ)
ざっくりと言えばこんなところのお話を聞かせていただいました。

全てを理解できているわけではないですが、
少しずつ体得していければと思います。

その勉強会内で実際にイラストを作成する時間があったので、
それに関しては後編で書いていきます。
<< 心底行きたくない、でも行かないと後悔することがわかっているとき | わかりやすく表現する技術の勉強会に参加してきました(後編) >>

心底行きたくない、でも行かないと後悔することがわかっているとき

イメージ
心底行きたくない、でも行かないと後悔することがわかっているときというのを、
久方ぶりか初めて最近体験しました。

後悔するのがわかっているので選択肢は行く以外はないのですが。

セミナーや勉強会に参加するときに、学びたい内容が目白押しで、
是非行きたい、行かないと後悔する。
ただ一方で、一部やりたくないなあというような
内容が含まれていて、その内容が本当に嫌だなと思ってしまい、
行きたくない気持ちでいっぱいでした。

こういうときってどうするのが、気兼ねなく参加できるようになるのかなと
ふと考えてみました。

今回の私の場合、
後悔するのがわかりきっている=マイナスのイメージが強い状態だったので、
人は得よりも損の方が敏感に反応するというのもきっとあって
到着まで嫌だ嫌だと心の中で思いながらも参加することが出来ました。

行きたくない<行かない場合の後悔になっているといいわけで、
じゃあどんな後悔があるか具体的に思い浮かべることができれば、
後ろ向きながらも参加できます。
また嫌な内容を乗り越えれば、どういうメリットがあるかというのを、
更に具体的に思い浮かべられれば、参加への障害はほとんどなくなります。

あと私は試してないのですが、嫌なことを紙に書くと
脳が覚えていく必要ないと思って、頭の中から出ていくみたいです。
悩みの緩め方と理由

最初の1歩を踏み出すのはなんでも躊躇してしまいますが、
どんな葛藤があろうと踏み出した人しか見えないものがきっとあります。
回りくどいマネをすることもあるかもしれませんが、
それでも多くの人が1歩踏み出せることを願っています。
<< 自分が考える優れたリーダーに思うこと | わかりやすく表現する技術の勉強会に参加してきました(前編) >>

自分が考える優れたリーダーに思うこと

イメージ
今年参加した研修で、
「優れているリーダーだと思う著名人を3人挙げる」という課題がありました。

改めて考えてみるという意味を込めて、ちょっとまとめてみます。
特に啓蒙する意図もないので、軽い気持ちで読んでください。
 仰木彬 プロ野球選手・監督、かのメジャーリーガーのイチローが日本野球のオリックスにいた時代の監督。
イチローが「唯一人の師匠」と言うほどの人物。(イチローとの関係:Wikipedia


私が中学生の頃くらいに聞いたエピソードが未だに忘れられず、リーダーを浮かべてくださいと言われたときに真っ先に浮かびました。
イチローが二軍でプレイしていて、振り子打法という独特の打法でプレイしていた。
その打法を変えないと試合に出させないと言われ、悩んでいたところに、仰木監督が就任し、才覚を見抜き、一軍に抜擢したというエピソードです。

一言で言えば、特徴を見抜き、活躍の場を与えただけではあるのですが、これがなかなか難しい。
そこをやってのけるのがとても素晴らしいと感じています。
 本田宗一郎 「会社のためでなく、自分のために働け」と言ったという話が好きで、しかもその上であれだけの会社、ホンダを作りあげたのがものすごい。

大学時代のあるときに、きっかけは忘れたけれど、人のために何か行動することを、今後一切やめようと思ったときがあった。
理由は、「あなたのためにやって(言って)あげたのに」をなくすためである。
助言なり行動するのは、自分が相手に幸せになってほしいからであって、それは相手のためではなく自分のためにしていることのはずである。
だから人のためっていうのにものすごく違和感を感じたし、
しかもあなたのためと言ってしまうと、見返りを求めやすくなるのが、かなり嫌でもあった。
なので、人のためというのはやめて、単純に目の前の人に幸せになってほしい。
そのためにすることは全て自分が勝手にやっていることだから、見返りは求めないよ、というのをずっと思ってきた。

その辺りでは、この話にもものすごく共感できる。
「できる人」「出世する人」「会社を大きくする人」のちがいとは。 「滅私奉公なんて、無用の長物ですよ。欲望や私的な目標がない人が、会社に貢献できるわけがない。」 「まずね、自分の欲や目標がきちんとあること。それが、いわゆる「できる人」です。」 「次にそうやって頑張った結果が、会社の…

エンジニアの方々のご活躍を願って

イメージ
休日にエンジニアのキャリアについてお話を聞ける機会がありました。
私のようにPCのアプリの開発に携わる方もいれば、
工場の設備機械のシステムを作る方もいる。
また外部のお客様向けにシステムを作っている方もいれば、
社内システムに携わっている方もいました。
年齢も様々でいろんな方とお話できて、
共感できる部分もあり、違いに驚く部分もありの大変いい機会になりました。

登壇してくださった方の話もさることながら、同じ職種の方と交流できたいい機会でした。

登壇者の話を書いていこうと思いますが、中でも一番心に残ったのは、
「自分は技術×人脈で突き抜けた。ここでいう技術はシステムを作れるということではなくて、どういった技術があるとか、最新技術にアンテナ張っているとかいうこと。そして私は人脈を作る手間を惜しまない」という話です。
最新の技術を掘り下げて語れなくても、そういうのがあることは知っているとか、
開発現場について詳しくわからなくても、ある程度情報が入ってくる位置にいるとか。
そういうのと掛け合わせるものがあると、キャリアの面積広がって

さて登壇者が語ってくださったことの中からできるだけ意図を外さないよう意識しながら、関心があった部分を3点書き出してみます。
少し長いですが、よろしければお付き合いください。  1.希少 日本の労働人口から見るとエンジニアは0.3%しかいないとのこと。
また現在の求人倍率(一人当たりにどれくらい仕事があるかを示す指標)は、8倍。
つまり一人のエンジニアに8個の仕事がある計算になります。
登壇者曰く日本で一番倍率が高い職種らしい。

またビジネスで成功する要因として、
「成長市場」「競合が少ない」「参入障壁が高い」というのを例として出しておられて、
エンジニアはここに当てはまってますよ、とのこと。

この希少さを自覚していないエンジニアの人が多いのが登壇者の最近衝撃を受けたことのようです。
 2.お金 人は年収がどれくらいまであがれば幸福になるかという研究があります。
これによると年収7万5000ドルを超えると、そこからいくら年収が増えても幸福度は増えないそうです(参考文献
為替や日本の物価にもよるそうなのですが、登壇者によれば600万円がボーダーではないかとのこと(参考文献先は800万円になっているのであくまで講演内ではということでご承知ください)

趣味と習慣の境目ってどこだろう

イメージ
ふと趣味と習慣って何が違うのだろうと思うことがありました。
きっかけは「筋トレが趣味なんですね」と言われたとき。

個人的に趣味という感覚がなく、毎日やるものくらいの感じなので、歯を磨くと同じくらいの感覚だったりします。
習慣という言葉が一番しっくりきていましたが、外から見たらそう見えるのか、と思うとそもそも違いって何なのだろうと思い調べてみました。

習慣の意味をWikipediaから。
日常の決まりきった行いのこと。長い間そうすることによって、そうすることがあたかもきまりのようになったこと 次に趣味の意味を同じくWikipediaから。
人間が自由時間に、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと。  趣味の中に”習慣”という言葉入ってますね。
上の意味だけを抜き取ると、習慣は決まりだからやる、趣味は好んでやる、といったところになるのでしょうか?
私はいまいちピンときませんが、皆さんいかがでしょうか?

私が思うに習慣って約束ごとじゃないかなと思います。
自分の経験から言って、自分とにしろ他人とにしろ続けますよっていう宣言とか約束のもと始まるのが習慣というほうがしっくりきます。
ブログも筋トレも毎日やるぞっていう自分との約束でしたし。
約束だから習慣ってできなかったとき罪悪感がかなりあったりします。
そういう点でいうと趣味はやりたいときにやるみたいな感覚なので、
罪悪感は薄い気がします。
趣味の場合は逆に没頭しすぎて時間が過ぎ、他にすることあったのに、みたいな感覚の方が強いかもしれません。
前者はやらなくて、後者はやりすぎて後悔するという側面がある以上、やっぱり別物なのかなと、私は思ったりします。



そうすると習慣と趣味が行き来することあるのかなと考えるのですが、
習慣が趣味化するとかなりきつかった経験があります。
好きでやりたいのにやることが義務化してきてイライラすることがあります。
例えば本を読むことを習慣にしたら、読むのがめっちゃ楽しくなってきた。
最初の内は、他の人から読めよと言われても違和感なかったのが、
言われると好きに読ませてくれよ、と思うようになってきた。
そうするとただ習慣だからやるっていうことに、好きなことが縛られていることに多大なストレスを感じるようになってくる。
この状態はかなりきついなと思います。

逆の趣味が習慣化っていうのは私…

Aが好きだからBも好きなはずという一括りはしたくない

イメージ
「本屋が好きっていう人ほど本読んでいない」と言う人がいて、
それに対して資格も知識も要求する必要がないと反論する人がいる。
「好き」って口に出して言う人ほど…
私も何となく好きっていうだけで応援したいし、
それが同じジャンルならもっと好きになってほしいし、
そのぼんやりさを寧ろ語り合いたいと思う。

好きになり始めた人を昔から好きな人が認めなかったら、そのジャンルは新しい人がいなくなるから衰退まっしぐらというのもありますが、
単純に自分の気づいていないところに気づかせてくれる可能性も高く、私がそのジャンルをさらに好きになることもあるので、かなり楽しいと思ってます。

まあここまではリンク先にも似たようなことが書いてあるので、これくらいにして、
今回私が書こうと思うのは、好きっていうのを一括りにしすぎじゃないかと思ったことについてです。
どういうことかというと、先の話で言うと「本屋が好きなこと」と「本を読むのが好きなこと」って全く別次元の話だと私は思ってます。

本屋が好きな人は本がたくさんあるあの空間が好きなだけで、読むことそのものはそうでもないかもしれないじゃないですか。
新品の本のにおいが好きとか、ページめくる音が好きという理由で本屋が好き、でも本は読まない、というような人がいてもおかしくないと思うわけです。

もちろん確率的には「本屋が好きなこと」=「本を読むのが好きなこと」になりやすいとは思います。
でもそこに因果関係はなく、そしてイコールでないことを否定すべきではない。
そして「本屋が好きなこと」=「本を読むのが好きなこと」決めつけて話をしない。
今回は本屋と本の関係性で話を書いてきましたが、他のことも一緒だと思います。

Aが好きならBも好きなはずだというのは決めつけず、
好きというのに知識など必要とせず、
何が好きか理由が漠然とでも良いので発信する話で溢れる世界になったら良いのになと思います。
<< 同じことをしていると決めつけないようにしたいと思う | 趣味と習慣の境目ってどこだろう >>